医療・福祉が最大産業になる日本の未来

東洋経済オンラインに掲載された「日本の20年後「医療・福祉が最大産業」という異様」というニュース記事を読んで、驚きと不安を感じました。この記事は、野口悠紀雄氏が、政府の「2040年を見据えた社会保障の将来見通し」に基づいて、日本の経済構造がどのように変化するかを分析したものです。その中で、医療・福祉分野の就業者数が、2040年には全体の18.8%になり、製造業や卸売・小売業を抜いて日本最大の産業になるという予測が示されています。このことは、日本社会にとってどのような意味を持つのでしょうか。

医療・福祉産業の拡大の背景

医療・福祉産業が拡大する背景には、主に二つの要因があります。一つは、高齢化社会の進行です。日本は世界でも有数の高齢化率を持ち、2040年には65歳以上の人口が全体の35.3%に達すると見込まれています1。高齢者は若年層よりも医療や介護などのサービスを必要とする割合が高く、その需要は増加する一方です。もう一つは、コロナ禍による影響です。新型コロナウイルス感染症は、医療現場に多大な負担をかけるとともに、感染防止や在宅勤務などの対策で多くの産業や職種が打撃を受けました。一方で、医療や福祉などの人間関係や対面性が重要なサービスは、デジタル化や自動化が進んでも置き換えられにくいと考えられます。そのため、これらの分野は相対的に安定した雇用や収入を提供する可能性があります。

医療・福祉産業の拡大の問題点

しかし、医療・福祉産業が拡大することは、必ずしも日本経済や社会にとって望ましいことではありません。この記事では、以下の三つの問題点が指摘されています。

  • 医療・福祉産業は他の産業と異なり、生活が豊かになるわけではない。医療や介護などのサービスは、人々の健康や生活を支えるものですが、それ自体は消費や投資として経済活動を刺激するものではありません。むしろ、これらのサービスに多くの資源や労働力が割かれることで、他の産業の発展やイノベーションが阻害される可能性があります。また、医療や福祉の費用は、主に公的な財源から賄われるため、税金や社会保険料の増加につながります。これは、国民の負担を増やし、経済成長を低下させる要因となります。
  • 医療・福祉産業は労働力不足に直面する。医療・福祉分野の就業者数は、2040年には1065万人になると予測されていますが、これは現在の823万人から約30%増加することを意味します。しかし、日本の労働力人口は減少傾向にあり、2040年には5654万人になると見込まれています1。これは現在の6580万人から約14%減少することを意味します。つまり、医療・福祉分野の就業者数は労働力人口の減少率を上回るペースで増えることになります。このように、医療・福祉分野の需要と供給のバランスが崩れることで、人手不足や賃金上昇などの問題が深刻化する可能性があります。
  • 医療・福祉産業は生産性が低い。医療・福祉分野は、他の産業と比べて生産性が低いと言われています。生産性とは、一定期間あたりに生み出される付加価値額を労働時間や労働者数で割ったもので、経済活動の効率性を表します。医療・福祉分野では、人間関係や対面性が重要なため、技術革新や自動化が進みにくく、生産性向上が困難です。また、医療・福祉サービスの品質や効果を客観的に評価することも難しいため、価格設定や競争力向上にも課題があります。このように、医療・福祉分野では生産性が低く停滞しやすいため、経済成長を牽引する役割を果たすことが難しいと言えます。

医療・福祉産業の拡大への対策

以上のように、医療・福祉産業が拡大することは、日本経済や社会に多くの問題を引き起こす可能性があります。では、どのような対策が必要でしょうか。私は、以下の三つの方向性を提案します。

医療・福祉以外の産業を活性化させる。医療・福祉産業だけが成長する一方で他の産業が衰退するという構造を変える必要があります。そのためには、製造業や卸売・小売業などの既存の産業を再生させるとともに、デジタル化やグリーン化などの新しい分野を育成することが重要です。

そのため、労働力不足を解消することが急務です。そのためには、以下のような対策が考えられます。まず、医療・福祉分野における女性や若者の就業を促進することです。現在、医療・福祉分野では、女性や若者の就業率が低く、離職率も高いという問題があります。これは、長時間労働や低賃金、育児や介護との両立の困難さなどが原因です。そのため、労働環境の改善や賃金の引き上げ、育児や介護の支援などを行うことで、女性や若者の就業意欲や定着率を高めることが必要です。次に、外国人労働者の受け入れを拡大することです。日本は、医療・福祉分野における外国人労働者の受け入れを制限していますが、これは国際的に見ても例外的な状況です。多くの先進国では、医療・福祉分野においても外国人労働者を積極的に活用しています。日本も、外国人労働者の受け入れ制度や支援体制を整備し、医療・福祉分野における人材不足を補うことが望ましいと思います。

医療・福祉産業の生産性を向上させる。医療・福祉分野は生産性が低いと言われていますが、それは必然的なことではありません。医療・福祉分野でも、技術革新や自動化を進めることで、生産性を向上させることができます。例えば、AIやロボットなどの先端技術を活用することで、診断や治療、介護や看護などの作業を効率化したり、品質や安全性を向上させたりすることができます。また、テレワークや遠隔診療などのデジタル化を進めることで、時間や場所にとらわれない柔軟なサービス提供が可能になります。さらに、医療・福祉サービスの価格設定や評価方法を見直すことで、競争力や透明性を高めることができます。このように、医療・福祉分野でも生産性向上の余地は大きくあります。

まとめ

医療・福祉産業が拡大することは、日本社会にとって避けられない現実です。しかし、それは必ずしも好ましい現象ではありません。医療・福祉産業だけが成長する一方で他の産業が衰退し、経済成長率や質が低下する可能性があります。また、医療・福祉分野では労働力不足や生産性低下などの問題が深刻化する可能性があります。そのため、医療・福祉以外の産業を活性化させるとともに、医療・福祉分野の労働力不足や生産性低下を解消する対策が必要です。これらの対策を実行することで、医療・福祉産業が日本経済や社会にとって負担ではなく、貢献する存在になることを期待します。

日本の20年後「医療・福祉が最大産業」という異様
内閣官房・内閣府・財務省・厚生労働省が2018年にまとめた「2040年を見据えた社会保障の将来見通し」(以下、「見通し」という)によると、医療・福祉分野の就業者は、つぎのとおりだ。2018年度においては、823万…